ツクール近況報告 その2
5月24日
まず、VXで超簡単ゲームを作り切る事に成功した。えらい。
実際に作ったものは全然大した事なく、村人に塔の魔物退治を依頼され、魔物を倒して終了する超簡潔RPG。
未経験者から見たら、すぐにツクールを使いこなせてすごいと思われるぐらいには技術があるようだ。コレは間違いなく中学生の時ツクールをいじっていた経験が大きいと思う。
問題はここからなのだ。それは昔にも言える共通のことだし、他のことでも言える事。
ここから頑張れないのが私なのだ。
その後、昔のRPGツクール3を起動した。
メモリーカードには数本のゲームが入っていた。起動するまでは、昔それなりのゲームを中途半端に作っていたと言う認識だったが、そんな事は無かった。
素人にも程があるクオリティで、序盤の序盤で作成は終わっていたのだ。通称エタっていたのだ。しかもパクりまくっていてオリジナリティなど皆無であったし、言葉のチョイスもガキすぎて話にならないものであった。全くもって恥ずかしい限りであるが、あの頃の中学生なんてそんなもんでしょとも思った。
何はともあれ無事に空白の20年を埋める事に成功したので、今度はこれからの事である。
昔は頭がもっと柔軟で色々なアイディアが思い浮かんでいたと思い込んでいたが、そんな事なかった。何も思い浮かんでなどいなかった。正確に言えば思い浮かんではいたが、アウトプットをろくに出来ていなかった。
それに、思い浮かんだものも詰めが甘く、全然面白くないし、なんならパクリだらけであった。当時中途半端に思い浮かんでいたものをヒントに作業しようと考えていたが、ヒントにすらならなかった。
ただ、RPGツクール4発売時に色々思い浮かんでいたものはアウトプットできていない。当時これは物理的に無理だったのだ。
今なら物理的に可能かもしれないので、まずはそれをMVで再現し、妥協せず作り切りたいと思う。素材とかは二の次でいい。
でもその前に、もう少し本格的なRPGを作っておきたい。王道でいい。もう少しボリュームのあるものを作るのだ。
シナリオセンスは皆無だが、皆無なりに考えてゲームに起こそうと思った。
そこで思いついたのが、コンシューマ版ツクールによるシリーズものを作るという企画だ。(以降SUPER DANTE=1とする。)
コンシューマ版ツクールは地雷が多いが、比較的安定しているRPGツクール1~3を使用し、それぞれで続編を作っていく。
分かりやすく例えるなら、ドラクエのロト3部作みたいなイメージ。
その際、作成作業はYouTubeやキャス等の配信で行い、それを動画に残す。
動画は後々編集し、1本の動画にまとめて、動画投稿をしたい。
YouTubeとキャスはアカウントがあるので、紹介しておく
これらはあくまで個人保管用であり、公開を目的にしてはいないが、これをきっかけにツクールの輪が少しでも広がればと思う。
beatmania ⅡDX
【beatmania ⅡDX】について書く。
私が【beatmania ⅡDX】(通称弐寺、以降弐寺)と出会ったのが、大学生の時、先輩に紹介されてからである。
まず簡単にbeatmania ⅡDXについて紹介する。
(ウィキペディアより抜粋)
【beatmania IIDX】(ビートマニア ツーディーエックス)は1999年(平成11年)からコナミが稼働しているDJシミュレーションの音楽ゲームである。
本シリーズは『BEMANIシリーズ』の第2作目であり、IIDX、弐寺という略称で知られている。
本シリーズの基本操作は『beatmania』シリーズとほぼ同じだが、同シリーズの操作デバイスのボタンが5つだったのに対し、本作はこれよりも2つ多い7つであり、ボタン数にちなんで7鍵とも呼ばれている。
前身に当たる『beatmania』が既にシリーズを完結したため、現在では「beatmania」「ビーマニ」と呼んでも本シリーズを指すことがある。
なお、本作には段位認定と言うモードがあり、これでおおよそのプレイヤーの実力を測ることが出来る。
段位は初段/二段/三段/四段/五段/六段/七段/八段/九段/十段/中伝/皆伝と位が上がっていく。(シリーズの途中で、皆伝と10段の間で中伝が追加された。)
私にこのゲームを教えてくれた先輩Oは、ほぼ引退状態であった。(段位認定は皆伝)
先輩Oは自作でコントローラーを作っていた。その先輩Oが卒業するにあたり、私はその自作コントローラーと、PS2本体、CS(家庭用beatmania IIDXソフトの略称)数本、ブラウン管TVを譲り受けた。
また、初めて自分でPCを買ったのもこの頃。PC工房でカスタマイズ販売にてデスクトップPCを購入した。
その当時AC(ゲームセンターにあるbeatmania IIDXアーケード筐体の略称)で17 SIRIUS(シリーズにて17作目を指す)が稼働終了する前ぐらいで、私の実力は段位認定で6段が取れない程の実力だった。
ニコニコ動画でニコニコ生放送が流行っていたのもこの頃。beatmaniaⅡDXを始めた私がうまくなるために日々奮闘する配信をしようと思った。
コンピューターリテラシーが高い先輩は大いに私の助けとなった。ニコニコ生放送で長きにわたり配信を続けるに至った。
そこからは、CSとACを往復しbeatmania IIDXに熱中する日々であった。
18 Resort Anthem
で9段を取り、
19 Lincle
では10段を取り、以後ずっと10段のままである。
20 tricoro
21 SPADA
22 PENDUAL
23 copula
ぐらいまではずっとハマっていた。
年代で言えば2010年(平成22年)~2015年(平成27年)ぐらいである。
この時期の曲を聞かれれば大抵は答えることが出来る。サウンドトラックまで揃えるほどハマっていた。
24 SINOBUZ
辺りから徐々にやらなくなった。
ちなみに現在は
31 EPOLIS
らしい。
ACはその作品を1度でもプレイすればデータはずっと引き継げるのだが、うっかり引継ぎを忘れデータは全部消え去った。
毎作1000回はやっていたので、50万円ほど費やしたものが、一瞬で消え去ってしまった。
この年になって今更また始める気は流石にない。
最近一度だけプレイし、段位認定で8段は取れた。
息抜き程度には遊んでもいいかなと思っている。
RPGツクール個人軌跡
RPGツクール個人軌跡
~導入編~
小学校の登校中、以前記事に登場した友人Jから情報を得た。
「RPGを作れるゲームがあるらしい」と。
そのソフトが
RPGツクール SUPER DANTE【1995年3月31日】SFC
である。
いつ買ってもらったのか記憶が曖昧なのだが、中古で【ファイナルファンタジー5】を買ってもらったあたりの出来事で、おそらく小6ぐらいだったと思う。
初めて作ったゲームが、ツクラーやりがち圧倒的ナンバーワンゲームタイトル「ドラゴンファンタジー」だった。
肝心のゲームシステムをほとんど理解できておらず、大したゲームは作れなかった。
のめり込むのはもう少し後の話、中学校に入学し、新しい友人ができてからである。
~ドハマり期~
中学校に入学した私にHという新しい友人が出来た。友人Hには小説を書く趣味があった。
これは面白そうだと友人HにRPGツクールを紹介し、2人でRPGツクールで遊んでいた。
ここで本格的にゲームシステムを理解し、RPGツクールにのめり込んだ。
しかし友人Hが作ったゲームは、ただのえろいゲームだった。
2年生に進級し、Hとは別のクラスになった。新しい友人Dと出会った。
彼もまたツクラーであり、ハイクオリティなゲームを作っていて衝撃を受けた。
友人Dの友人Sとも友達になり、3人でRPGツクールに明け暮れた。
この頃既に発売していた
RPGツクール2【1996年1月31日】SFC
RPGツクール3【1997年11月27日】PS
RPGツクールGB【2000年3月17日】GBC
3人それぞれデータをやり取りし、切磋琢磨していた。この頃アスキーソフトウェアコンテスト(通称Aコン)というものがあり、これはRPGツクールで作ったゲームを集めたコンテストで、グランプリはなんと賞金1000万円という中学生には衝撃的過ぎるものだった。
特段、Aコンのために頑張ったりはしていないのだが、Aコンを意識しつつ、授業中にゲームの設定を考えプリントの裏側に書き込み、休み時間にはそれを見せ合い、放課後には家でRPGを作る日々。
それは楽しい日々であった。
そこに新たな情報が飛び込む。
それが
RPGツクール4【2000年12月7日】PS
であった。
新作に大いに期待して、3人とも予約して購入。しかしこれが問題児であり、私たちのRPGツクールライフを終わらせることになった。
(以下、偏見を含みます。)
素材は良かったんです素材は。
最大の問題は容量の少なさでした。本気でオリジナルマップを1枚作った日にはもう容量が足りません。
あとはロードの長さです。オリジナルデータなど作った日には最悪です。いちいちロードをはさむためゲームになりません。
他にも気になる点が多々あり、3人にクソゲー認定され、次第に3人のツクール熱も冷めてしまいました。
~番外編~
中学2年の3人はやがて高校受験~進学となり、バラバラになってしまった。
(つい最近20年ぶりぐらいに3人が揃い、RPGツクールの思い出話になり、この記事を執筆するに至りました。)
この間の出来事だが、友人Dはしばらくツクールを続けており、
にも挑戦していたようだ。5は4のようなクソゲーではなかったのだが、システムが難解すぎてついていけなかったようだ。
私はと言えば、高校生の頃ゲオでたまたま見つけた
RPGツクール【2004年12月16日】PS2
(俗にいう無印RPGツクール)
を衝動で購入し何時間かプレイした結果、クソゲー認定され、わずか数日で売却するという出来事があった。
(以下、偏見を含みます。)
4を超えるロード地獄。圧倒的素材不足。なによりも操作がしずらい。
時は流れ2024年
RPGツクールMV
がsteamでセールで90%オフぐらいで売ってたので、やりもしないくせに衝動購入しました。
でもどうせならRPGツクール2000辺りをやってみたいと考えてます。そのうち買うかもしれません。
~まとめ~
今になって思い返すと、あの頃もっと本気で取り組んでいれば、もしかしたらコンテスト入賞も夢ではなかったのでは?と思ったりもしました。
中学2年生当時、コンテスト入賞は家庭用ソフトでは不可能で、PCソフトが使えない自分達に入賞は無理だ。と考えていました。
しかし、今になって過去のコンテストを見返すと、家庭用ツクールでしっかり入賞してる作品もありました。
当時、インターネットが普及し始め、PCに触れる機会もあり、PCツクールもやろうと思えばやれたはずです。
(いち中学生がPCを所有するには高額すぎて無理がありましたが・・・。)
そのうちRPGツクールで何かしら作るかもしれません。
その時は公開します。
昔のゲームに向き合う自分のお話
(過去記事に重複する内容有り。)
私が昔のゲームに拘ってしまう理由は何か。
子供の頃、欲しいゲームソフトがいっぱいあった。
でも買えなかった。買ってもらえなかった。
そりゃ少しは買ってもらえたよ。でも欲しいソフトを全部は買ってもらえない。
大人になって、お金を持つようになった。
昔欲しかったゲームソフトを、自由に買うことが出来るようになった。
でもいざ手に入れても、当時の情熱をもってゲームに取り組むことが出来ない。
その理由を「大人になったから」の一言で片づけるのは腑に落ちない。
さらに細かく分析してみたくなった。
1
子供の頃は視野が狭い。世の中は分からないことだらけだ。
でも色々経験して大人になっていくにつれ、知見が増え、見え方が変わってくる。
魅力的に見えていたものが実は大したことがなかったり
どうでもいいことだと思っていたものが、すごく大事なことだったり。
大人になった今でも往々にして感じることがある。
そのひとつがゲームなのであろう。
2
昔と今とでは、情報量が全然違う。
昔はとにかく「分からなかった。」それは子供だからという理由だけではない。
昔は情報量が少なかったのだ。
現代のようにその場でスマホで調べて情報を得ることは出来なかった。
分からないなら、実際に体験して知るしかない。
調べれば最初から分かってしまう現代ではそのワクワクが無いのであろか。
3
技術の進歩が目覚ましく、当然取り巻く環境が変わっている。
例えば容量ベースで挙げてみれば
ファミコンが1MB
スーパーファミコンが6M
プレイステーション(CD-ROM)が約650MB
プレイステーション2(DVD-ROM)が約8.5GB
一体何倍になったんだよ。と。計算するのも面倒である。
スマホで撮影した写真のデータが1~2MB程度であるから、いかに昔のゲームが小さいことか。最大容量という制約があるが故、ソフト制作側も工夫を凝らし容量を突き詰めて作品を作り上げなければならない。現代は現代で莫大な容量に見合ったソフトを開発しなければいけないのだから、どちらが良い悪いと簡単には言えない。
ただこの技術の進歩は多種多様なモノを生み出し、より複雑になっていったことは確かだ。今のゲームはとにかく複雑だ。(偏見含む)
4
自分を取り巻く環境が変わった。1や3と少し重複する内容でもあるが。
進学就職結婚出産病気など、人生の各ステージにおいて環境が変わる。
時間の使い方も変わる。頭の使い方も変わる。体の使い方も変わる。
当然ゲームへの関わり方も変わるだろう。
もっとあると思うが、まあこんなものか?
じゃあ、自分はどうゲームと向き合うべきなのかという話だ。
まずは昔と全く同じ感覚でゲームを楽しむことは不可能だと認識すべきだ。
情熱も時間もお金も、普遍的なものではない。変わるものだ。
「やりたいと思ったその時がやる時」であるが、必ずしもそのタイミングでゲームが出来るとは限らない。できるタイミングは限られているのだから、できる時間に全力でやるべきだ。
できる時間に全力でやるためには準備は欠かせない。他にもやることが多くて忙しい。
メリハリと切り替えがすごく大事だ。
結局、仕事とか生き方と考え方は同じだ。
計画的に、メリハリをつけて、やりたいと思った時に、実際にできる環境を整え、思いっきりゲームをする。
これを意識しないと積みゲー生活から抜けられないと思いました。
ゲームソフトのダウンロード版について勝手に考察
ゲームソフトのダウンロード版に関して、過去にメモ帳にまとめていたので記事にした。尚、筆者の私見が記事に大きく反映されているので、個人の戯言として読むことをお勧めする。
昨今ゲームソフトは、従来のパッケージ版からダウンロード版という形に変わった。
インターネットが普及したことが主な要因であり、従来のパッケージ版に比べコストと資源の削減に寄与しており、劣化もしない。このような電子データ化は時代の流れでもある。(電子データのメリットデメリットに関しては今回割愛する。)
もちろん従来のパッケージ版も健在ではあり、私はパッケージ版を好む。
ダウンロードソフトの歴史は意外にも古く、どこを始まりとするかは諸説あるが、日本国内であれば、私は任天堂の「サテラビュー」が走りであると考えている。
サテラビューとは、1995年から2000年にかけて、任天堂が衛星放送局セント・ギガと協力して実施していたスーパーファミコン専用放送を受信するための周辺機器の名称である。
簡潔に説明すると、「衛星放送を利用したスーパーファミコンの拡張サービス」である。「サウンドリンクゲーム」「オリジナルゲーム」「新作の体験版」「ゲームベストセレクション」といったサービスが提供され、これらのサービスはすべて衛星放送を利用して行われた。「ゲームベストセレクション」は、すでに発売されているソフトをそのまま収録したものを受信してプレイできるサービスであり、現在のバーチャルコンソールの原型とも言える。
しかし使用する8Mメモリパックの容量に収まるソフト限定であり、プレイ回数やセーブができないなどの制約があった。衛星放送を利用するので利用時間の制約と、受信にも時間がかかるというデメリットもあった。
「サテラビュー」は当時としては画期的なサービスであり、任天堂も力を入れていた事もあって一定の普及には成功したが、一般層までは浸透しなかった。ライトユーザーには敷居が高く、とっつきにくい印象だったのだと思う。
(私も当時、存在こそ知っていたが、関わる事が無いままサービスが終了した。)
インターネットでサテラビューに関するサイトを検索するといろいろな情報が出てきて面白い。
結局、ダウンロードコンテンツは、日本国内のインターネット環境の普及までお預けとなった形である。
ここで少し話が脱線するが、日本国内のインターネット環境の普及に関して簡潔に触れておく。ADSL回線の普及開始が1999年。家庭向け光回線の普及開始が2003年と言われている。そして日本国内におけるiPHONEの発売が2008年であり、スマートフォンの普及が始まった。この1999年~2008年における流れを汲んで考察した。
日本国内における主要ゲーム機を軸として整理する。
1999年
PS2の発売を控えていた時期である。
ADSL回線が普及開始した。
ブロードバンド対応のゲームはまだ無い。
2003年
PS2が爆発的にヒットしていた時期である。
この間任天堂からはゲームキューブ、マイクロソフトからXboxが発表されている。
2002年5月に旧スクウェア現スクウェア・エニックスより発売された『FFXI』に合わせてPlayOnlineというサービスを開始し、PS2でオンラインゲームが出来るようになったのだが、BBユニットを追加購入しないと『FFXI』をプレイすることができなかった。
(残念ながら私は存在すら知らなかった。)
(オンラインサービスなんて無くても国内据え置き機はPS2天下というイメージ)
この年に家庭向け光回線が普及開始した。これを踏まえるとPlayOnlineは時期尚早だったのではないかと推測する。
2004年
家庭向け光回線の普及がすでに始まっており、インターネットではmixiのようなSNS、ニコニコ動画のようなストリーミング配信が広まっていった頃である。PCではオンラインゲームが流行っていた頃でもあった。
ここでようやく据え置きゲーム機にダウンロード版のゲームが登場した。
真っ先に登場したのが、さすが海外の先進ITブランドMicrosoft社のXboxだった。
「Xbox LIVEアーケード」というサービスが提供された。これは実質国内初のブロードバンドによるゲームソフトのダウンロードサービスであった。
しかし、時代はPS2黄金期であり、世間一般的にはXboxはそれほど浸透しておらず、日本国内において大々的に普及するには至らなかった。
PS2もブロードバンド対応のゲーム機だった筈だが。
家庭向け光回線の普及も進んではいたが、大々的に一般層に浸透はしていなかったようだ。しかし時代は確実にオンライン化に向かっていた。
2005年
Xbox360が発売された。
前述した「Xbox LIVEアーケード」に加え「Xbox LIVEマーケットプレース」というサービスも提供された。いずれもゲームのダウンロードサービスである。
Xboxは常に時代を見据えていたが、日本国内での大々的な普及には至らなかった。
任天堂は次世代機で行う新サービス「バーチャルコンソール」を発表した。
国内メーカーでようやくダウンロードゲームの登場である。据え置きゲーム界隈はブロードバンドには疎いのであろうか。
2006年
PS3、Wiiが発売された。
いずれもブロードバンドにしっかり対応した機体であり、ようやく日本国内ゲーム機器メーカーもオンラインを本格的に意識し始めた。
数こそ少ないが、ダウンロード専用ソフトも発売され始めた。
任天堂は、前述した「バーチャルコンソール」のサービスを開始した。
バーチャルコンソールとは過去のゲーム機で発売されたゲームソフトをWii上で再現したもので、ファミリーコンピュータ、スーパーファミコン、NINTENDO64、PCエンジン、メガドライブ、 NEOGEO、マスターシステム、MSXのゲームに加え、アーケードゲーム(ゲームセンター用ゲーム)をWii上で再現したサービスである。
※ちなみにこの頃の「バーチャルコンソール」は現在のようなアカウントサービスではなく、Wiiポイントと呼ばれる一種の電子マネーを購入し、WiiショッピングチャンネルというWEB上の場所でWiiポイントを使用してソフトを購入するシステムであった。
購入したソフトはWii本体のHDDやメモリースティックにそのまま保管されるため、他の筐体にデータを移す際は手間がかかる。また、その仕様の為、中古の筐体を買い漁ってダウンロードソフトの有無を調べるWiiガチャが一部ファンの間で話題になった。
SONYはPS3において「ゲームアーカイブス」のサービスを開始した。
ゲームアーカイブスは、PlayStation Storeで過去に発売されたPlayStation、PlayStation 2、PCエンジン(CD-ROM2、SUPER CD-ROM2、PCエンジンスーパーグラフィックスも含む)用のソフトをダウンロード販売するサービスであった。
前述したバーチャルコンソールと同等のサービスと言える。
これらのサービスの増加により、ようやく一般層にもダウンロードソフトが浸透していったと感じる。
2008年
日本国内でiphoneが発売された。
2011年
3DS、PS VITAが発売され、携帯機もブロードバンドに対応した。
この背景には、日本国内におけるiPHONEの発売及び普及の影響が大きいと思われ、確実に携帯ゲーム機にも影響を及ぼした。
一般層の携帯ゲーム機に対する意識も変わった気がする。常に最新の状態でしかも手軽に遊べるスマホゲームに比べ、携帯ゲーム機はどこか時代遅れ感があった。
それは数字で表れており、この頃の年間ゲーム売り上げには今まで無かったスマホゲームが、携帯ゲーム機を追い抜いてランクインするという事態であった。
もはやゲームのブロードバンド化は常識であり、携帯ゲーム機はスマホを意識した施策を打たざるを得なくなったのではないかと考察する。
2012年
Wii Uが発売された。任天堂の「バーチャルコンソール」はWiiからWiiUへとバトンタッチしていった。
WiiUではネットワークIDと紐づけしてソフトを購入するため、一度購入すれば再ダウンロードという形で他の筐体でも簡単に使用することが出来た。
大概のオンラインサービスでは、アカウントサービスが常識となっていった。
2014年
PS4、new3DSが発売された。
new3DSでは、新たにnew3DS専用のバーチャルコンソールが追加された。
PS4では「ゲームアーカイブス」は廃止され、代わりに「Play Station NOW」という月額制のサービスに切り替わった。
このサービスの加入者は、サービス内コンテンツは使い放題となる。
この頃から私は、漠然とした違和感を感じていた。買い切り型のダウンロード販売が、次第に月額制のサービスに切り替わり始めたからである。
2017年
ニンテンドーswitchが発売された。
従来の「バーチャルコンソール」は廃止され、代わりに有料オンラインサービスのファミリーコンピュータ Nintendo Switch Online、スーパーファミコン Nintendo Switch Onlineが提供されている。これも月額制のサービスであり、月額会員は対象のコンテンツがプレイし放題である。
主要ゲーム会社2社が同じような形態を取り始めた。
しかし「バーチャルコンソール」に比べてソフトのラインナップは少なく、ソフトの追加ペースも遅い。
2019年
「Wii」では、Wiiショッピングチャンネルの終了に伴い、1月31日をもって全てのソフトの配信を終了した。
Wiiで配信されていたがWiiUでは配信されていないソフトも多く、それらのソフトがインストールされたWii筐体は大変貴重である。
2021年
PS3における「ゲームアーカイブス」終了の発表があったが、次期早々ということで撤回となった。PS3における「ゲームアーカイブス」には、実機では高価でプレミア化しているソフトも多く配信されており、サービス終了を危惧したユーザーが駆け込み購入をする事態が発生した。
2023年3月
「Wii U」「3DS」において、ダウンロードサービスが終了した。
PS3における「ゲームアーカイブス」終了の発表と同様に、駆け込み購入が発生した。
まとめ
任天堂もSONYも続々とサブスクサービスの拡充を図っており、ゲームの買い切り型のダウンロード販売は、廃れていくかもしれない。
メーカーにとっても、サブスクの方が儲かるし都合が良いのだと思う。
もっとも常に強気のスクウェア・エニックス等は未だに過去の買い切り型ダウンロードゲームを劣化移植を駆使して次々と高額で販売している。金儲け主義も甚だしい。
また、2023年に終了した「Wii U」「3DS」のダウンロードソフトの一部は、Nintendo Switch Onlineに追加されたものもあり、Nintendo Switch Onlineのサブスク契約をしており、かつ当時そのダウンロードソフトを買ったユーザーにとっては買い損になる。
今後、過去のバーチャルコンソールソフトは全て(版権問題を抱えているもの以外)Nintendo Switch Onlineに追加されると考えていいかもしれない。ただしスクウェア・エニックスを除く。
最後に、簡易メモの繋ぎ合わせをして作成した文章なので、文章の質が低い部分が見受けられることをご容赦願いたい。
ゲーム変遷
ゲームに対して思うところあり。
発売年表を見ていたら気づいた。
まず変遷であるが、私のゲームの芽生えはゲームボーイである。
断片的にしか覚えてないのだが、初売順に整理すると
1989/4/21 アレイウェイ
1989/4/21 スーパーマリオランド
1990/3/30 スペースインベーダーズ
1990/4/13 クイックス
1990/4/28 スヌーピー マジックショー
1990/5/11 ロックンチェイス
1991/2/28 F-1スピリット
1991/6/12 大戦略
入手経緯は不明だが、この9つのソフトをルーティンで遊んでいた。父親が選んだものと思われる。まだ小学校に入学する前の話である。
【スーパーマリオランド】に関しては、近所の同世代が持っていて、自分も欲しくて親にせがんだ記憶がある。
【スヌーピー マジックショー】に関して少しだけエピソードがあり、今でも母親と話すのだが、クリアできなくて「何度も同じBGMを聞かされ気が狂いそうだった」といつも笑い話になる。
時は少しだけ流れ、スーパーファミコンが登場した。
年がバレてしまうが、1993年(平成5年)に小学校に入学してからの話だったと思う。
前記事でも書いたが、
1991/11/21発売【ゼルダの伝説 神々のトライフォース】が、記念すべきスーパーファミコン初ソフト。
2本目は、1991年11月25日発売【餓狼伝説 宿命の闘い】
スーパーファミコンの知識が一切ない我が家が、ゲームに詳しい近所の年上の兄ちゃんに聞いて買ったもの。スト2世代で格ゲー大好き兄ちゃんの趣味でしかない。
このゲームが所謂「クソ移植」だったことを知るのはだいぶ後の話。
3本目は、1992年6月10日発売【ストリートファイター2】
ゼルダと餓狼伝説しか持ってない私を見かねた親戚のおじさんが、私にくれたもの。
4本目は、1993年7月14日発売【スーパーマリオコレクション】
5本目は、1990年11月21日発売【スーパーマリオワールド】
時系列的に、「マリオがやりたい」と親にせがんで買ってもらったのではと推測。詳しくは覚えていない。如何せんスーパーファミコンのソフトは高すぎて、せがんでも中々買ってもらえなかった。
上記5本をルーティンで遊んでいたのだが、当時誰もが経験したであろう
「ゲームは1時間まで」
という謎ルールのせいで、まともに遊んだ記憶が無い。どちらかと言うと近所の兄ちゃんたちがうちでゲームをやってそれをずっと見ていた記憶の方が多い。自分自身、持っているソフトも貧弱でそこまで熱中していなかったようである。テレビゲームに熱中するのはもう少し後の話になる。
話はいったんゲームボーイに戻る。
1993/6/6発売【ゼルダの伝説 夢をみる島】
1994/1/21発売【スーパーマリオランド3 ワリオランド】
1994/3/26発売【クレヨンしんちゃん3 オラのごきげんアスレチック】
ちょうど小学校中学年ぐらいの時期であった。
我が家はテレビゲームには厳しいが、携帯ゲームには監視が緩いのであった。
ゲーム難易度的にもゲームボーイが当時の私にはマストであったようである。
そんな中、とんでもないゲームが登場することになった。
1995年3月11日発売【クロノ・トリガー】である。
定期的に我が家に遊びに来ていた従姉弟も一緒にハマった。【クロノ・トリガー】の詳細は後日改めて記事にしたいと思っているが、コレの登場で私のゲーム熱が一気にピークに達することになる。
そこから1995/12/9発売の【ドラゴンクエストVI 幻の大地】
さらに1996/12/6発売の【ドラゴンクエストⅢ そして伝説へ…】へと続いていく。
自分の中の第一次ゲーム黄金期は、1995/3/11~1996/12/6ぐらいになる。小学校3年~小学校5年の時期である。
ロックマンX2
スーパーマリオRPG
等が、これに付随するソフトである。買ってもらえないので友人から借りるもしくは友人宅に押しかけてプレイしていた。
この時期は、「いかにスーパーファミコンをやるか」にすべてを賭けており、その影響で何度も家族と喧嘩になりゲームを隠された。隠し場所を見つけられるようになると今度はアダプタを絶対分からない場所に隠された。友人がいると監視が緩くなるので可能な限り友人と過ごしていた。
また、ゲームボーイでは、
1996年2月27日発売【ポケットモンスター】もゲーム熱を加速させた。
これ以降は次世代機の時代となる。
1998年には小学校を卒業し中学校に上がるので、環境が結構変わる。
次世代機は完全に乗り遅れており、前記事でも触れたセガサターンのみなので、ゲームはしばらく停滞する。復活するのは、PS2が発売される2000年3月4日だと思われる。中学校1年の終わりごろである。
当時話題であったであろう1997年1月31日発売【ファイナルファンタジーVII】から3年後の話である。
PS2購入後、前記事でも少し触れたスパロボαを経て、私は【RPGツクール】にドハマりする事になる。
【RPGツクール】は、後日改めて記事にしたいと思う。
代表的なゲームは押さえており、
2000年7月7日発売【ファイナルファンタジーIX】
2000年8月26日発売【ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち】
2001年7月19日発売【ファイナルファンタジーX】
等をプレイしていたようだ。
2001年は中学3年になる前の時期で、バンドにも興味を持ち、受験もあり、以降ゲームから一定の距離を置く。
つまり自分の中の第二次黄金期は、PS2を購入した2000年3月4日~2001年7月19日発売【ファイナルファンタジーX】ぐらいということになる。
中学2年~中学3年である。
現在は、補完する目的が先行進行して、過去のゲームを集めているが、いずれは必ずやってクリアしたいゲームも多い。
上記ゲームはもちろんなのだが、
2001年以降に発売したものも対象となる。
例えばGBA、DS、3DSでは結構多い。
しかし、なんとなくだが、3Dで表現されたものは少し苦手である。
よってWii・PS3以降のゲームは、あまりやらなそうである。
PS2に関しては完全に3D過渡期であり、過去作品の続編がクソゲーパターンも結構多いので、慎重に選んでいきたいところ。
いずれにせよ、計画を立てて、順番にクリアして進めていきたい気持ちはある。
近いうちリストを作って、各ソフトの注意点なども集めながら、日々のルーティンに加えていきたい。
スーパーロボット大戦F 完結編
前回記事に引き続き、「スーパーロボット大戦F 完結編」について詳しく書いていきたいと思う。(以後F完結編)
まず、言いたいことがある。
スパロボFをトータルでプレイした感想だが、
あくまで個人の感想であるが、「完結編だけでよくね?」
Fからやる意味は、シナリオの把握、資金、強化パーツ、トッドの説得ぐらいです。
シナリオも導入的なものが多く、味方ユニットはずっと弱いし、30話ぐらいからようやくゲームが面白くなってくる印象でした。
資金と強化パーツは、Fからプレイした褒美みたいなものですね。
第38話:ラビアンローズ
コアブースター、ZZガンダムを入手し、さらにクリア後にはサイバスターのサイフラッシュが使用可能になりました。
前のシナリオではF91とビギナ・ギナを入手したので、ようやくガンダム系ユニットが充実してきました。
それまでは1番手がZガンダム、2番手に百式、3番手にリ・ガズィという手駒だったので、ようやく面白くなってきました。
正直、味方の機体がショボすぎて、このシナリオまでガンダム系を使うのは苦痛でした。
そして同時に、「いかにZZのハイメガキャノンとサイバスターのサイフラッシュで多くの敵を幸運で倒すか」
というゲームに変わりました。
ビルバイン、Zガンダム、F91、ビギナギナで切り込み、とどめはMAP兵器
終盤までずっとコレです。
第39話:アクシズの攻防
ハマーンとカトルを説得しました。
カトルは以後のW勢を仲間にしていくのに必須のキャラ。
この頃は敵に強化人間やニュータイプが少なく、5段階改造済みということもあり、結構使えます。(終盤はニュータイプ以外人権が無くなる)
第40話:ガラスの王国
なんてことないシナリオだが、頑張ってボールを入手しました。
ボールを生き残らせるのは地味にキツいです。
第53話:ドモンの危機!!スーパーモード発動!?
第54話:ギアナ高地の修行
ようやく、念願のゴッドガンダム入手のシナリオ。53話はほぼイベント。
全力でマスターガンダムとデビルガンダムを撃破しました。楽しかった。
ちなみにこのシナリオの前までは、ティターンズとのいざこざ等の話が中心で、あまり印象にない・・・。
第55話:ボストンに陽は暮れて
Fでトッドを説得していないと絶対にプレイできないシナリオ。
つまりF完結編からのプレイでは到達できないシナリオです。
当然トッドを説得し仲間にしましたが、引っ張った割にはそこまで使えず、やがて倉庫番になりました。
第56話:完成!超闘士
グルンガストを入手するシナリオ。
この辺りのシナリオは怒涛の入手ラッシュですね。脳汁がいっぱい出ました。
第60話:異質なるモノへの挽歌
クリア後、誰も乗っていないモビルスーツ、ヘビーメタル、オーラバトラーが無くなりました。
持っていても使わないけど、Fの苦労の思い出があるので、とても悲しいです。
ちなみに次のマップは宇宙と地上の分岐です。
スーパー系なので地上を選びました。
第67話:清算されし過去
宇宙部隊と合流し、ポセイダル軍の総大将とようやく対峙しました。
とんでもない強さです。しかも「挑発」が効かない。敵機16機以下で撤退。HPが71%以下で撤退。攻撃した次のターンに撤退。
もちろん倒すしかないですよね笑
何度もやり直して、熱血+爆熱ゴッドフィンガーを一発当てて、そこに魂+計都羅喉剣・暗剣殺で倒せました。
勿論、激励と脱力を最大活用して気力の調整をしました。そのため出撃枠は圧迫。
ちなみに宇宙部隊の中にイデオンがいるので、イデオンソードを使えば余裕らしいのですが、あえてそれは使いませんでした。
第68話:悲しみのカトル
ゲスト=ポセイダルのボスクラスが大勢登場し、ウイングガンダムゼロも登場して、大変賑やかです。
それよりもこのシナリオクリア後にようやく10段階改造が可能になることばかり考えていたので、シナリオ自体にはあまり思い出が無いです。笑
10段階改造の為に無駄な改造をせず資金を貯めてきたのです。
このシナリオの後は、DCルートとポセイダルルートの選択になり、DCルートを選びました。
ポセイダルルートは未プレイですが、セーブデータは残しておいたので、いずれポセイダルルートもやりたいです。
これ以降は詳細をあまり覚えてません。
10段階改造が強すぎて、Gガンダム、グルンガスト、νガンダムで無双をしていた記憶。
マスターアジアとハマーンを仲間にした記憶。
せっかくフラグ経てたのに、ルートの都合でW勢を使えなかった記憶。
バランシュナイルも、ヴァルシオンも激励脱力フル稼働の上記10段階改造の前では空気のように弱かった記憶。
Fからコツコツと激励脱力キャラを育てていたので、それが実を結びました。
このゲーム、気力とニュータイプと10段階改造が全てです。戦闘カットが無いので雑魚戦のセリフをひたすら聞くゲームでもあります。
10年以上かけてクリアした時の達成感はすごくありました。F序盤の辛かった記憶も良い思い出です。
今のスパロボと比べると、色々粗な部分が目立ちますが、私はこれはこれで好きです、ウィンキースパロボ。
心残りもあるので、ポセイダルルート、リアル系ルート、エヴァルートもやりたいのですが、また長い長いシナリオをやり直すと思うとなかなか重い腰が上がりません笑
死ぬまでにはやっておきたいですね笑
以上、スーパーロボット大戦Fの思い出を綴らせていただきました。ありがとうございました。
余談ですが、ウィンキースパロボはまだ結構残ってまして・・・
F発売以前の作品にあたる
第2次スーパーロボット大戦(FC)
第3次スーパーロボット大戦(SFC)
スーパーロボット大戦EX(SFC)
第4次スーパーロボット大戦(SFC)
第4次スーパーロボット大戦S(PS)
F発売後、F準拠でリメイクされた
スーパーロボット大戦コンプリートBOX(PS)
第2次スーパーロボット大戦(PS)※分売
第3次スーパーロボット大戦(PS)※分売
スーパーロボット大戦EX(PS)※分売
また、別方面で
第2次スーパーロボット大戦G(GB)
があります。
実はこれは中学生のころにやってクリアしてます。
無難に面白かったです。
分売版は、ゲーム内容がそのままで獲得資金が増えているらしいです。
なんでもF準拠でリメイクしたらゲームバランスがめちゃくちゃ悪くなったみたいです。
分売版で調整し、多少は改善されたものの、評価はいまひとつ。
コンプリートBOXで第2次スーパーロボット大戦をやってみましたが、「うん、なるほど、納得」って感じでした笑
プレイするかどうかは未定です。
やるとしたら第4次スーパーロボット大戦ですかね。
シナリオ補完のためにも第3次とEXはやりたい気持ちがありますが、プレイ環境がネックです。
この辺りはいずれ記事にします。